リュック・ベッソン監督のSF映画『ヴァレリアン~千の惑星の救世主』は日本でも大ヒットしましたが、このSF映画は、ピエール・クリスタンとジャン=クロード・メジエールによるフランスのSFコミック『ヴァレリアンとローレリーヌ(Valérian et Laureline)』シリーズが原作です。このコミックで描かれた世界観は多分に様々なSF映画に影響を与えており、『スター・ウォーズ』もその例外ではありません。今回は、この『ヴァレリアンとローレリーヌ』と『スター・ウォーズ』の関係についてまとめてみました。
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『ヴァレリアンとローレリーヌ』
『ヴァレリアンとローレリーヌ』シリーズは、フランスのSF雑誌である『Pilote』に1967年から2010年まで連載された。作者は、ピエール・クリスタンとジャン=クロード・メジエールの二人だ。この作品は1967年に、フランスの漫画雑誌『Pilote』に掲載され、2010年まで書かれた人気SF漫画である。いわゆるバンド・デシネ(フランス、ベルギー語圏の漫画作品)の中でも最もポピュラーな作品の一つであり、ヨーロッパ各国で翻訳されている。
『Pilote』に掲載された内容は単行本としても全22巻がこれまで発売されており、それと関連して7巻の短編が出ている(List of Valérian and Laureline books - Wikipedia)。
日本では、映画『ヴァレリアン~千の惑星の救世主』が公開されたこともあり、今年2月に、海外コミックを扱っている小学館集英社プロダクション(ShoPro Books)から邦訳版が発売されている。
Valérian ? Paradizac, la ville cachée (Valérian et Laureline)
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ミレニアム・ファルコン号
『スター・ウォーズ』にみる『ヴァレリアンとローレリーヌ』の影響の例と言われるが、ミレニアム・ファルコン号だろう。ヴァレリアンとローレリーヌが乗る宇宙船(アストロシップ)「XB982」の水平に平たい円盤状の形は、ミレニアム・ファルコン号の形にインスピレーションを与えていると言われる。
「XB982」はシリーズの3作目にあたる『千の惑星の帝国(Empire of a Thousand Planets)』(『Pilote』520号~541号に連載)で初登場するが、これは1971年にすでフランスで発表されていた。
『スター・ウォーズ』製作当初のミレニアム・ファルコン号のデザインは、のちにタンティブIV(ブロケード・ランナー)に転用される細長い胴体の後部に円筒形の11個のエンジンをつけた船体に、チューブ型のコクピットをつけたものだった。
この初期のデザインは、『2001年宇宙の旅』に出てくる宇宙船のデザインにかなり影響されていて、後部の複数のロケットノズルのついたエンジンと細長い胴体、上部のアンテナに先頭につけられた丸いコクピットという基本的な要素は同じだ。
今みると、このデザインは、胴体の大きさに比べて、コクピットが小さくアンバランスな印象をうける。結果的に、ハンマーヘッド型のコクピットになったことで、均整がとれたデザインになったと思う。
だが、ジョージ・ルーカスは、S Fテレビドラマ『スペース1999』に登場する宇宙船のデザインに似ていることに気が付き、よりユニークなデザインの宇宙船にしたいと考え、撮影開始の直前になってデザインの変更を指示した。そのため、この元ミレニアム・ファルコン号のデザインは、そのコクピットをハンマーヘッド型に置き換えられ、タンティブIV(ブロケード・ランナー)となり、チューブ型のコクピットのアイデアは今の形のミレニアム・ファルコン号に活かされた。
この時に、食べかけのハンバーガーの形から、このミレニアム・ファルコン号のデザインの着想をえた話をルーカス自身が語っているのは有名だが、この発想をデザインとして形にしたのが、当時特殊効果を担当していたジョー・ジョンストンだ。
ジョー・ジョンストンは、新しく円形の宇宙船のデザインを考えた。そして、円形の形の後部に横長のスロット状のエンジンというデザインを思いついた彼は、もともとのミレニアム・ファルコン号のデザインから、コクピットと円形のアンテナを流用する。代わりにタンティブIV(ブロケード・ランナー)は、ハンマーヘッド型のコクピットと四角いアンテナになる。
ちなみに、少し余談になるが『フォースの覚醒』で再登場したミレニアム・ファルコン号は、四角いアンテナで登場するが、このアンテナのデザインの経緯を知っていると、これはタンティブIV(ブロケード・ランナー)のデザインの逆流用と言えて興味深い。
こうしてミレニアム・ファルコン号のデザインが完成していくわけだが、実際にジョー・ジョンストンがXB982の影響について発言しているわけではないし、実のところの真偽は不明だ。
私は、これについては白だろうと思う。というのも、ルーカスがミレニアム・ファルコン号のデザインを変更したのは、撮影開始の直前であり、撮影に向けてすでにスタジオでは古いファルコン号のセットが組まれ始めていたという状況であったのだ。
ジョージ・ルーカスは細長い円形のデザインを変更すると決めたことに対してインタビューの中で、「空飛ぶ円盤にはしたくなかったが、円形の宇宙船のデザインは常に頭にあった」と話している。また、ジョー・ジョンストンも「ジョージは形にはこだわらないが、TVドラマ(スペース1999)と同じに見えないユニークなものを欲していた」と語っている。
ここから考えると、ジョー・ジョンストンはインスピレーションを受けたというより、細長いチューブ型のデザイン以外のデザインを探していた時に、1950年代のSF映画に登場するような円形の宇宙船のデザインが頭にあり、ファルコン号のデザインに円形を採用したというのが結果として、XB982に似たものになったという方が正しいだろうと思われる。
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ハン・ソロの炭素冷凍
だが『ヴァレリアンとローレリーヌ』が『スター・ウォーズ』に与えた影響はこれだけではない。『帝国の逆襲』においてハン・ソロは、ダース・ヴェイダーにより炭素冷凍される話は、もう誰もが知っているだろうが、この炭素冷凍に近いものが、実はすでに『ヴァレリアンとローレリーヌ』に登場している。
1971年に出版された『ヴァレリアンとローレリーヌ』のコミックの一つである『千の惑星の帝国(Empire of a Thousand Planets)』の中で、ヴァレリアンがまさしく凝結させられるというシーンが登場する。これは疑いなく『帝国の逆襲』のハン・ソロの炭素冷凍とほとんどそっくり同じだ。
更に言えば、この場面に登場する、ヘルメットとマント姿の敵役と、その横にいる黄色い顔をした貴族風のマント男は、ダース・ヴェイダーとランド・カルリジアンのようである。
Valérian et Laureline L'Empire des mille planètes
ヴェイダーの素顔
さらに、このような類似例はまだある。そもそも兜とマント姿の敵役は、ダース・ヴェイダーのようである。だが、それ以上にこの敵役キャラクターとダース・ヴェイダーとの共通点は、その仮面をとった顔にある。『千の惑星の帝国(Empire of a Thousand Planets)』の中で、この仮面を脱いで本性をさらすシーンがあるが、ここで登場する彼の仮面の中の素顔とは、まさしくダース・ヴェイダーの本性である、アナキン・スカイウォーカーが負った火傷だらけの爛れた皮膚のような顔をしているのである。また、この敵役の住む宮殿の様子は、『ジェダイの帰還』で登場したジャバ・ザ・ハットの宮殿を彷彿とさせるのだ。
Valérian et Laureline L'Empire des mille planètes
レイア
さらに『ジェダイの帰還』に登場するビキニ姿のレイア姫にも『ヴァレリアンとローレリーヌ』の中に先例がある。1972年の『星々無き世界(World Without Stars)』(『Pilote』570号~592号に連載)でローレリーヌが、レイアが付けていたのとほとんど同じような黄金色の金属製のビキニを身に着けているシーンが登場する。だが、これについては 『ヴァレリアンとローレリーヌ』だけが起源とは言い切れない点がある。というのも、そもそも『スター・ウォーズ』が持つ世界観に影響を与えているのは1950年代のパイプ雑誌やそこに掲載されていたコミックであり、当時「怪物に囚われた半裸の美女」というものはよくあるモチーフだったからだ。
実際に『ジェダイの帰還』のコスチュームデザインを担当したアギー・ゲイラード・ロジャースは、レイアのこの衣装については、『英雄コナン』、エドガー・ライス・バローズの『ターザン』シリーズ、『火星のプリンセス』らの火星シリーズなどの挿絵で有名なイラストレーターであるフランク・フラゼッタに触発されたと語っており、このことを考えると、『ヴァレリアンとローレリーヌ』の影響というよりは、50年代のコミックから見られるモチーフを両者が引き継いだ結果として似たものになったというののが事実だろう。
クローン兵
クローン人間の兵隊という発想も『ヴァレリアンとローレリーヌ』に登場する。これは1977年の『偽りの世界の上で(On the False Earths)』(『Pilote』M31号~M34号に連載)において、ヴァレリアンのクローンによって組織された軍隊というものが登場する。
Valérian et Laureline Sur les Terres Truquées
『スター・ウォーズ』においてクローン軍団が描かれたのは2005年になってからだが、クローン大戦の呼称は、すでに1977年の第1作『スター・ウォーズ』から台詞に登場していた。当時、多くのファンがこの言葉の持つ意味についてあれこれ議論したが、結局このクローンは複製の意味のクローンでしかなかったわけだ。
スター・ウォーズにおいても『帝国の逆襲』の製作段階で考えられていた物語には、ランド・カルリジアンがクローン人間であるというものも実際に存在していた。脚本の第1稿には、ランド・カルリジアンの前身となるキャラクターである、ランド・カルダーと言う名前の男が登場するが、彼はクラウド・シティの執政官でその役どころはランド・カルリジアンそのものなのだが、クローン大戦に関わりのあるクローン・ファミリーの一人で、クローン人間と言う設定なのだ。
では、ルーカスはクローン兵というアイデアを『ヴァレリアンとローレリーヌ』から取ったのだろうか?
じつは、SF作品におけるクローンは、1970年前半に多く登場してくるモチーフだった。実社会では、羊のドリーが始めてクローン羊として話題になったが、クローン技術というのは比較的古くから考えられていたもので、『鉄の夢』『クローン』などの1970年代のSF作品には多く取り上げられている。
こう考えてみると、ルーカスが悪の組織がクローン兵団という武器を使い世界を支配するというコンセプトを持っていたとしても不思議はなく、必ずしも『ヴァレリアンとローレリーヌ』からアイデアを得たと断言するのは言い難い。
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注目されてなかった影響力?
さて、このように見ていくと個々の要素についての共通点は、当時のSF作品では当たり前のように使われていたモチーフに過ぎないと言えるものもある。だが全体を通して見てみると、どうも『ヴァレリアンとローレリーヌ』から原案を取ってきたのではないかとしか思えないものが『スター・ウォーズ』には多いことは事実だ。
不思議なことだが、ここまでの類似点がありながら、実は『ヴァレリアンとローレリーヌ』の『スター・ウォーズ』に対する影響についてはあまり語られてこなかった。『スター・ウォーズ』が伝説になる中で、この映画に影響を与えた多くの映画作品は、その影響を研究され、すでに研究されつくしたと思われた。だが、この『ヴァレリアンとローレリーヌ』は意外と見過ごされている気がする。
これは、先に紹介したアメリカ映画、日本のサムライ映画に比べ、アメリカでの認知度が低かったこのフランスのコミックについては、その影響が今日まで注目されなかったということが多分にありそうだ。
さて、このようにあまり注目されていなかったこの『ヴァレリアンとローレリーヌ』と『スター・ウォーズ』の類似点だが、本家のフランスでは、このことはスター・ウォーズ公開当初からはっきりと注目されていたようだ。
『ジェダイの帰還』が公開された1983年の10月に、ジャン=クロード・メジエールは『Pilote』の113号の中のインタビュー記事の中で、自身の作品である『ヴァレリアンとローレリーヌ』と『スター・ウォーズ』の関係について聞かれ、以下のように答えて怒りを表している。
Obviously I’m angry, jealous… and furious!
もちろん、腹が立ちましたし、嫉妬もあります。激しく怒りを覚えましたよ!
そして、『Pilote』の113号には、ルークとレイアが、まさにタトゥイーンの酒場を彷彿させるようなエイリアンに囲まれた酒場のテーブルの一角で、ヴァレリアンとローレリーヌと対面しているというピエール・クリスタンとジャン=クロード・メジエール自身が描いた風刺コミックが掲載されている(冒頭のコミックがそれだ)。ここでの、レイアとローレリーヌの間の会話が、実に面白い。もはや無駄な説明な不要だろう。
Fancy meeting you here!
- ここで出会えるなんて奇遇ね
Oh, we've been hanging around here for a long time!
- あら?私たち、この辺りには長いことたむろっていたけれどね
そして、この『ヴァレリアンとローレリーヌ』と『スター・ウォーズ』の関係が再び注目されるようになったのは、2015年以降、新三部作の第1弾である『フォースの覚醒』が公開されてからで、例えば、2016年1月22日にヨーロッパ・コミックスにピエール・クリスタンのインタビュー記事(Valerian: A Model for Star Wars - Europe Comics) がある。
その中で、ピエール・クリスタンは最初にスター・ウォーズを見たときに、ジャン=クロード・メジエールと一緒にはっきりと自分たちの作品との類似性を感じたことを述べている。たが、クリスタンは、メジエールと異なり、スターウォーズはスターウォーズとして楽しんだようで、怒りは覚えなかったと語っている。
また、興味深いインタビューが以下だ。これは、1983年の『Pilote』の113号にすでにピエール・クリスタンがスター・ウォーズとの関係に関して聞かれていることとも一致していて、少なくともフランスでは2つの作品の類似性は当たり前のように思われていたようだ。
In the 80s, particularly in France, people were convinced that George Lucas had stolen from Valerian.
80年代、とくにフランスでは、ジョージ・ルーカスがヴァレリアンを盗んだと思っていましたよ。
また、彼はジョージ・ルーカスがピエール・クリスタンらに連絡をしたことはこれまでに一度もないことも語っている。そして、ピエール・クリスタン自身、70年代当時、アメリカ、ハリウッドではフランスのコミックが一般的に流布していたわけでなく、映画関係者では一部の監督やストーリーボードのデザイナーの間に知られていたくらいだと丁寧に説明している。
ルーカスとコミック
実際『ヴァレリアンとローレリーヌ』シリーズは、ヨーロッパで大人気を博したコミックだったが、アメリカではほとんど知られていなかったのだろう。
だが、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』や『用心棒』などのサムライ映画、また数々の西部劇や、『暁の出撃』『空軍/エア・フォース』などの第二次世界大戦ものの戦争映画、そして『フラッシュ・ゴードン』『銀河パトロール隊』などの宇宙冒険活劇もの、『千の顔を持つ英雄』による思想的影響など、『スター・ウォーズ』の原点になったものの影響は、その多くをルーカス自身が認めているところなのだが、この『ヴァレリアンとローレリーヌ』については話したことはないと思われるのだ。
私は、どうもジョージ・ルーカスが『ヴァレリアンとローレリーヌ』について話していないことが確信犯というか意図があるように思えてしまうのだ。
なぜなら、ジョージ・ルーカスは長年温めていたSFアドベンチャーであるスター・ウォーズの物語を作るにあたり、1973年頃から様々なコミックを読みふけっている。たとえば、ジャック・カービーの『ザ・ニュー・ゴッド』シリーズでは、ソースという神秘的な力を持つ主人公が登場して、自分の父親である黒い鎧を着た悪役であるダークセイドと戦う。また『レンズマン』というコミックの中にも、「ライフ・フォース」という力の概念が登場し、レンズマンが持つレンズという水晶に同調して、テレパシーを使えるというものだ。
このように『スター・ウォーズ』はこの時代の空想科学コミックやパイプ雑誌のSF小説に多分に影響を受けている。
では、仮に『ヴァレリアンとローレリーヌ』が『スター・ウォーズ』に影響を与えていたとして、このように『スター・ウォーズ』の製作前夜にコミックを読みふけっていたジョージ・ルーカスが、アメリカでも知られていなかった『ヴァレリアンとローレリーヌ』というフランスのコミックを知っていた可能性はあるのだろうか?
これについて、The Comic Journal(ザ・コミック・ジャーナル)のコミック評論家であるキム・トンプソン氏(Kim Thompson - Wikipedia)が、2004年の『Valerian: The New Future Trilogy』(コミックの英訳版)発行時に、その理由について、『スター・ウォーズ』のデザイナーにフランス人がおり、このコミックシリーズを持っていたからだと言っている。
だが『スター・ウォーズ』そしてオリジナル三部作のデザイナーチームには、私が作品クレジットから調べた限りフランス人はおらず信憑性に欠ける。また一部には、ダグ・チャン(新三部作のデザイナー)が『ヴァレリアンとローレリーヌ』のファンでコミックを所有しているとの話もあったが、台湾系アメリカ人でありフランス人ではないし、そもそも、『スター・ウォーズ』旧三部作には関係ないので、これもどうも信憑性に欠ける。
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エドワード・サマー
実は、1つ考えられるのが、ジョージ・ルーカスの友人であったエドワード・サマー(Edward Summer - Wikipedia)による影響だ。エドワード・サマーという男は、『スター・ウォーズ』誕生前夜のSF映画史を語るのに欠かせない人物である。ニュー・ヨーク大学の映画学科を卒業した彼はSF映画を作りたかったが、彼はその資金作りのためにマンハッタンにコミック専門店の『スーパースナイプ(Supersnipe Comic Art Emporium)』という店を開く。この店は、その後、ロバート・ゼメキスやマーティン・スコセッシや、ジョージ・ルーカスが通うようになる。また、ジョージ・ルーカスは、その後、1977年から僅かの間だが、ここの共同経営者になる(George Lucas and Comic Books: An Early Link | StarWars.com)。
つまり、エドワード・サマーこそジョージ・ルーカスのコミック世界の入り口だったわけだ。そして、コミックの販売の仕事をしていたエドワード・サマーが、この『ヴァレリアンとローレリーヌ』を目にし、例えばヨーロッパから持ち帰ったものをジョージ・ルーカスが読んだという可能性などが考えられるのだ。そして、そこから『スター・ウォーズ』への何かしらのインスピレーションを得たかもしれない。
というのも、これまで研究されてきた『暁の出撃』や『隠し砦の三悪人』など、これらのよく言及される『スター・ウォーズ』にインスピレーションを与えた映画というのは、基本的に第1作目の『スター・ウォーズ』(新たなる希望)について言われているものである。
例えば、『スター・ウォーズ』の冒頭は、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』の影響を受けているし、デス・スター攻撃は完全に『暁の出撃』(これについては考察記事を以前に書いている:暁の出撃/スター・ウォーズ ~デス・スター攻撃シーンの徹底比較~ - StarWalker’s diary)だ。また、デス・スターを脱出したルーク、レイア、そしてハンが乗るミレニアム・ファルコン号を追撃するTIE戦闘機を迎撃する場面は、『空軍/エア・フォース』である(ちなみに、この場面でおなじみの音楽のタイトルでも有名になったレイアの名セリフ「Here They Come!(来たわよ!)」というのは、『空軍/エア・フォース』がオリジナルだ)
しかし、『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還』については、その物語は基本的にはオリジナルである。ところが、先に紹介した『ヴァレリアンとローレリーヌ』の影響は、『帝国の逆襲』以降のスター・ウォーズ映画において顕著なのだ。そして、これらの類似点のオリジナルが、1971年から1977年にかけて発行された『千の惑星の帝国(L'Empire des mille planètes)』『星々無き世界(Le Pays sans étoile)』『偽りの世界の上で(Sur les terres truquées)』に集中している。
つまり、1977年の『スター・ウォーズ』(新たなる希望)公開前夜まで発表された『ヴァレリアンとローレリーヌ』の漫画の中に描かれたものが、『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還』の製作に当たって多分に影響しているという面白い因果関係がある。
このように見ていくと、ルーカスが『スター・ウォーズ』の第1作の原作を構想するにあたって読みふけったコミックに中に『ヴァレリアンとローレリーヌ』があり、その中で描かれていた世界観が、彼の中で他の様々な要素とブレンドされて『スター・ウォーズ』になっていったことは十分に考えられると思う。
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私の推論
ミレニアム・ファルコン号のデザイン、ビキニ姿のレイア、クローン兵などの類似点は、確かに一見『ヴァレリアンとローレリーヌ』から取られたと考えられる点が多いのだが、当時のSF作品の背景を見ていくと必ずしもそうと断言出来ず、当時のSFコミックに現れる特徴を双方が持っていたに過ぎないともいえる。つまり、限りなく黒に近い灰色だろう。
だが、私は、もしルーカスが『ヴァレリアンとローレリーヌ』からアイデアを取ったとすれば、ハンの炭素冷凍の件はその可能性は高いと思っている。
炭素冷凍されるハンについては、 『帝国の逆襲』の脚本のうち第2稿から登場したストーリーである。ハン・ソロが『帝国の逆襲』であのような終わり方をしたのにはいきさつがあり、ハリソン・フォードが三作目への出演の契約をしておらず、そうなると続編でハン・ソロを登場させられるかが不明だったからなのだ。したがって、ルーカスは当初から『帝国の逆襲』で最後はハンを物語の主軸から外すことを考えていた。
『帝国の逆襲』の第1稿は、著名なSF作家、脚本家であるリイ・ブラケットが書いている(そして非常に悲しいことにこれは彼女の遺作となった)が、この第1稿の時点ではのちに「べスピン」(当初はホスがガスの惑星とされ、べスピンは森の惑星として登場する。氷の惑星は名前がまだなかった。ちなみにこの森の惑星は三作目におけるエンドアの登場につながっていく)となる惑星「ホス」において、ハンが帝国軍に捕まるという展開は最終稿と同じだが、炭素冷凍については登場しない。
ルーカスは、様々な理由からリイ・ブラケットの第1稿を気に入らず、彼自身で全面的に書き直しをした第2稿を完成させる。ちなみに、一般的に『帝国の逆襲』の脚本で有名なローレンス・カスダンなのだが、彼はルーカスが書いた第2稿、第3稿に対して修正を施し、より深みのある物語に仕立て上げた第4稿で初めて『帝国の逆襲』に関わっていて、物語のあらすじ自体は、すでにルーカス自身がこの第2稿で完成させている。
そして、ハンの炭素冷凍が登場するのは、この第2稿なのだ。お馴染みの賞金稼ぎのボバ・フェットもここで登場する。炭素冷凍の理由は、先に述べたように、三作目でハリソン・フォードが登場しなくてもいいようにしたのだ。
ルーカスはこの第2稿を、1978年の春から初夏にかけて6週間ほどで書ききっているが、こう考えると、ハンの炭素冷凍というのは、第2稿で突如として登場したアイデアで、やはりルーカスはどこからかこのアイデアを仕入れてきた可能性が高く、ここに『ヴァレリアンとローレリーヌ』の影響があったのではないかと考えるのだ。
というのも、ヴェイダーがルークの父親とされたのもこの第2稿であり、これはジョーゼフ・キャンベルの影響ははっきりと示されているが、例えばジャック・カービーの『ザ・ニュー・ゴッド』や『トミー・トゥモロー』(Tommy Tomorrow - Wikipedia)などのコミックの中に頻繁にみられるテーマでもある。つまり、第2稿を執筆中に、ルーカスはこれら、『スター・ウォーズ』製作前夜に触発されたコミック的要素に少なからず立ち返って、彼が描いていた様々な要素を入れ込んでこれを完成させたように思えるのだ。こうなると、ここに『ヴァレリアンとローレリーヌ』の影響が入ったことは十分考えられる。
さて、ここから先は全くの推測、妄想、想像に過ぎない。ジョーゼフ・キャンベルの有名な著書である『千の顔を持つ英雄(The Hero with a Thousand Faces)』の影響は、ルーカスも認めているところであるが、ヴァレリアンの「炭素冷凍」が登場するコミック・アルバムは『千の惑星の帝国(Empire of a Thousand Planets)』という。
ルーカスは、1977年の11月には『帝国の逆襲』のタイトルを考えついていると思われるのだが、この1977年の終わりから第2稿が完成するまでの間に、ヴェイダーとルークの問題を考えていたルーカスが、ジョーゼフ・キャンベルの有名な著書である『千の顔を持つ英雄』に立ち返ることがあったとき、自然と次作の副題『帝国の逆襲』と『千の顔を持つ英雄』という似た響きをもったコミック『千の惑星の帝国』を連想したかもしれない。そして、ハリソン・フォードの三作目への出演が明らかでなく、ハン・ソロの問題に悩んでいたルーカスが、この『千の惑星の帝国』の中のヴァレリアンの「炭素冷凍」シーンを思い出したとしたら?
彼がこれをハン・ソロ問題を解決するために、「これだ!」とばかりに採用したとしたらどうだろう?
第2稿の大半は妻のマーシャと友人らとのメキシコ休暇中に書いているが、ルーカスは第一作の『スター・ウォーズ』の時に、散々苦しんだのと対照的に『帝国の逆襲』では「書くのが楽しい」と感じるくらいスムーズに運んだらしい。『帝国の逆襲』が『スター・ウォーズ』で没にしたアイデアを集めたものでもあったこともありながら、一番の悩みであったヴェイダーとルーク問題、そして、ハン・ソロ問題の解決の糸口をつかめたからこそ、ルーカスはこの第2稿をすらすらと書くことができたのではないだろうか?
最初に断ったようにこれは勝手な想像に過ぎない。だが真相というものは意外にこういうものかもしれないとも思うのである。
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まとめ
このようにここで挙げた類似点について考えていくと、二つの影響については、直接的な証拠や傍証があるわけではなく、二つの作品の関係がどのようにして生まれたのが残念ながら私が調べた限りでは、はっきりしたことはわからなかった。『ヴァレリアンとローレリーヌ』と『スター・ウォーズ』については、今後もより多くの情報を収集して引き続き研究したいと思う。
最後に、本来、この記事は『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』の公開中に投稿したかったのですが、情報収集や整理などに時間を費やしたため、遅くなってしまいました。投稿のタイミングが旬を過ぎてしまった感がありますが、読者の皆様のご理解を賜りますようお願い致します。
《『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』映画予告編》