先月、スター・ウォーズの生みの親であるジョージ・ルーカス氏は、アメリカ、AMCの番組『James Cameron's Story of Science Fiction』の中で、ルーカスが考えていたフォース、ミディ=クロリアン、そしてホイルスに関する考えについて語りました。ルーカスが描きたかった新三部の物語について語ったこのコメントは話題になりましたが、今回はルーカスが語ったフォースの概念について、ある遺伝子論が影響を与えているのではないかと思ったので、そのことについて書いてみようと思います。
スポンサーリンク
ルーカスが明かしたフォースの正体
本論に入る前に、こちらの記事(『スター・ウォーズ』~ジョージ・ルーカスが明かしたフォースの正体と新三部作構想~ - StarWalker’s diary)をすでに読んだ方には繰り返しになって恐縮だが、どうしても導入として必要最低限のことを復習しなければならないので、ジョージ・ルーカスが考えていたフォースの正体と、ミディ=クロリアン、そしてホイルスについて簡単に紹介しておく。
ご存知の通り、ジョージ・ルーカスは『スター・ウォーズ/エピソード1 ファントム・メナス』で、ミディ=クロリアンというフォースの意思を媒介する生命体を登場させた。
先月、スター・ウォーズの生みの親であるジョージ・ルーカス氏はAMCの番組『James Cameron's Story of Science Fiction』(James Cameron's Story of Science Fiction Season, Episode and Cast Information - AMC)のジェームズ・キャメロン監督とのインタビューの中で、このミディ=クロリアンがフォースの支配者であるホイルスとの仲介を担う生命体であり、ホイルスこそがフォースであり、我々はそのホイルスの器に過ぎない存在であるという宇宙観を語り、また彼は新三部作の中で、これらの概念を描くつもりであったことを発言した。
ルーカス:次の三つのスター・ウォーズは微生物叢の世界を掘り下げるものにするつもりだったよ。我々とは違う振る舞いをする生き物の世界だよ。私はそれをホイルスと呼んだんだ。ホイルスこそが宇宙を支配しているものなんだよ。彼らはフォースを使うんだ。
このルーカスが唱えた我々を支配する微生物叢の世界という考えは、1976年にイギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスが唱えた「利己的遺伝子論」による遺伝子視点の進化論の発想と近いものがあるように感じる。
私は、ジョージ・ルーカスが、フォースの概念を固めていく中で、この利己的遺伝子の考えに出会い、これをフォースの正体の答えとして提示しようとしたのではないか?と思うのである。
スポンサーリンク
利己的遺伝子論
我々、人間は自分が自分の支配者だと考えている。自分の人生は自分の人生であって、自分の行動は自分の意思により決定されていると考えている。だが、利己的遺伝子論というのは、この常識を覆す衝撃的な理論なのだ。なぜなら利己的遺伝子論は遺伝子が我々の体を支配していて、遺伝子は自己の複製のために我々の体という乗り物を使って遺伝子を残そうとしているに過ぎないということを唱えた説だからだ。
利己的遺伝子論はイギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスが1976年に発表した進化学における理論で、彼が『The Selfish Gene』(邦題『利己的な遺伝子』)という本として世に出され有名になった。発表された直後にその内容の衝撃や、遺伝子視点で進化を説明するという点で注目を浴びた。 日本でも1991年に邦訳されて紀伊國屋書店から出版されている。
チャールズ・ダーウィンは、変化に適応した生物が生き延びるという「適者生存」という概念を提唱した。つまりその環境の中で強い物が必ずしも生き残るわけではなく、その環境にうまく適応した個体が生き残るという説である。
生物の個体というのは生き残ることが一番の目的である。そのためどのような環境であっても生物というのは生存競争をしている。そして、生存競争というものは自分の個体が生き残ることが最優先であるから、基本的には利己的にならざるを得ない。
ちなみに利己的とは自分の生存確率を他者の生存確認より高める性質を言い、逆の場合は利他的と言う。
つまり、生物は基本的には生きるために利己的であると言える。簡単に言えば、人はみな生きる為にはわがままで自分の利益を最優先するということである。これは学説を知らずとも我々は生活している中でも大多数が感覚的に合致することだろう。
だが、個体はいつも利己的に動くかというとそうではないことも観測されている。
親子愛、兄弟愛、友情とかあるいは自己犠牲という言葉があるように、自己の生存より他者の生存のために動くことがある。自分の生存に対して脅威があれば、当然、その脅威に向かって戦う、あるいは逃げることで生き残ろうとする。これは利己的なふるまいだ。だが、他人の生存に対する脅威に対しても、他人を助けるためにその脅威に立ち向かうこともある。
自分が犠牲になってまで他人や自分の属する集団を救おうとするような行為や、仲間のために自分が死を選ぶという行為、こういった行為は非常に利他的な振る舞いであるわけだ。
ここに本当に生物は利己的なのか?だとするなら利他的な振る舞いはどう説明できるのか?という疑問と矛盾が発生する。
スポンサーリンク
我々を支配する遺伝子
そして、この疑問に対する回答が利己的遺伝子論である。利己的遺伝子論は遺伝子の目線でこの矛盾を説明する説だ。
要点を先に書くと、利己的な振る舞いをするのはその個体でなく、その個体がもつ遺伝子だということだ。そして、遺伝子は自分の遺伝子のコピーをより多く残すために振る舞うと考えて、生物個体の行動を説明する。我々の個体は利己的な遺伝子が支配していて、個体の行動はこの利己的遺伝子により決定されているというのがこの説になる。
例を挙げて説明したい。ちなみに、以下は私の理解を単純化して書いているので、少し詳しくきちんと知りたい方はWikipedia(利己的遺伝子 - Wikipedia)にも記載があるので、そちらを参照頂きたい。
ここにある個体Xがいる。個体Xは生物である以上、個体Xを定義している遺伝子Aを持っている。遺伝子Aは利己的遺伝子論によれば、遺伝子A以外の遺伝子に対して利己的に振る舞う。つまり遺伝子Aにとって同質の遺伝子Aまたは同質に近い遺伝子の生存が最優先であり、遺伝子Aが絶えないための振る舞いをするということだ。
普段の生活の中であれば、個体Xの遺伝子Aは、個体Xが生存することは遺伝子Aも同様に生存することであるから、遺伝子Aは個体Xの生存を第一に優先するようふるまう。この場合は、個体Xとしても利己的にふるまっているように見える。
だが、ここに、同じ遺伝子Aを持つ別の個体Yそして個体Zがいる。これら3つ個体は遺伝子Aまたはそれに近い遺伝子を持っている。個体Xの遺伝子Aは、同質な遺伝子の生存確率を高めるために振る舞うため、例えば、個体Xが犠牲になっても個体Y、個体Zが生存する方が遺伝子Aがより多くの同質の遺伝子を残すことが出来ると考えられる場合、個体Xのみが生き残るよりも、個体Xは自分を犠牲にしても個体Y、個体Zが生き残るために振る舞う。というより、遺伝子Aは個体Xにそう振る舞うよう操作していると考えられる。
これは、遺伝子Aとしては自身の生存を優先させるという利己的な行動である。だが、個体Xとして見ると自分を犠牲にして、個体Y、個体Zを助けるという利他的な振る舞いに見える。
ここでのポイントは、個体Xの行動は、遺伝子Aによって決定されているということだ。そして、遺伝子Aは利己的にふるまう利己的遺伝子なのである。
このようにして、生物個体の振る舞いに対してあくまで遺伝子の視点に立って考えて説明しようとしたのがこの利己的遺伝子論になる。個体は滅んでしまってはそこで終わりであるわけだが、遺伝子は自分の遺伝子のコピーを作り個体を乗り換えて生存していくことができる。
そう考えると、生物の個体、人間で言えば我々の体は単なる「容器」に過ぎず、遺伝子こそが全てを支配しており、遺伝子の利己的性質により操作されているということだ。そしてそんな利己的な遺伝子は自己の複製遺伝子を作り、我々の体から体へと移っていく。そして同質な遺伝子を残すために我々の行動を操りように振る舞いをする。
すなわち、この利己的遺伝子論によれば、遺伝子こそが我々人間を含む生物の支配者であり、生物は遺伝子の乗り物に過ぎないという考え方ができる(生存機械論)。
ホイルスの乗る車
さて、ここでルーカスが語っていたフォース、そしてホイルスについての話をもう一度聞いてみたい。この利己的遺伝子論はルーカスが「我々はホイルスの乗る車に過ぎない」と語っていることとは同じことを言っていることに気が付かないだろうか。
ルーカス:以前、私はこれは我々は車に過ぎないということだと言っていたよ。ホイルスが一緒に旅をする乗り物だとね。我々はホイルスの器なんだ。そして繋がりを媒介するのがミディ=クロリアンなんだ。ミディクロリアンはホイルスと意思疎通をする、ホイルスつまりはフォースのことだよ。
ルーカスは、ホイルスこそが我々を支配している存在だと語っていた。ホイルスの意思、あるいはホイルスそのものがフォースであり、我々はミディクロリアンを通じてそのフォースの意思、ホイルスの意思を知ることができると説明する。
これは、遺伝子が我々を支配していて、我々の行動を決定しているという利己的遺伝子論に非常に近い。フォースを感じるとは、まさしく遺伝子の意思を知ることと捉えるならば、よりわかりやすいだろう。
ルーカスはミディ=クロリアンという生命体を登場させた。もちろんミディ=クロリアンは架空のものだが、間違いなくこれはすべての生物の細胞の中に含まれている「ミトコンドリア」(ミトコンドリア - Wikipedia)にちなんだ名前であることは明らかで『スター・ウォーズ/エピソード1 ファントム・メナス』の中で、クワイ=ガン・ジンがアナキンに語った「細胞の中に共生しているミディ=クロリアン」はまさしくミトコンドリアのことだ。
我々、人間も含めて生物は、ⅮNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる遺伝情報を担う物質を持っている。そしてミトコンドリアは、自身の中にまた独自のⅮNAを持っていて、まさしく我々とは共存関係にある生命体だ。
遺伝子はホイルス、ミトコンドリアはミディ=クロリアンと考えれば、ルーカスが語っていることは、まさしく利己的遺伝子論が下敷きに出来上がっているのである。
スポンサーリンク
ルーカスは利己的遺伝子をいつ知ったのか?
ルーカスはこのフォースの正体やミディ=クロリアンやホイルスの概念と関係について『スター・ウォーズ』公開当初から考えていたことだと説明している。以前の記事(『スター・ウォーズ』~ジョージ・ルーカスが明かしたフォースの正体と新三部作構想~ - StarWalker’s diary)で詳しく書いたので、詳細はそちらに譲るが、ルーカスがフォースと言う言葉を初めて登場させたのはルーカスのデビュー作である『THX1138』の脚本第1稿で、これは1968年のことである。
そして、ミディ=クロリアンについては、『スター・ウォーズ/エピソード1 ファントム・メナス』の20年前、1977年当時にすでにルーカスの頭の中にはこの生命体についての考えがあった(So What the Heck Are Midi-Chlorians? | StarWars.com)。
生物によっては人間よりも高いフォース感受性を持っている。彼らの脳は違うんだ。彼らは細胞の中にもっと多くのミディ=クロリアンを持っているんだ。
1973年に『ザ・スター・ウォーズ』という物語の概略を書き始めた時、ルーカスはホイルスを銀河の守護者である古代組織の名前として登場させた。だがこの時、彼はホイルスを我々のような有限な命をもつ生命体でなく、不死の生命体のようなものを考えていた(The Journey of the Whills: From Concept to Canon to Rogue One – The Star Wars Report)。
もともとは誰か(ホイルスという不死の存在)によって語られた形の物語を考えていた。誰かよりもがすべてを見ていて記録しているんだ。だけど最終的にこの考えは捨てることにしたよ、そしてホイルスの裏にある概念はフォースになった。だけど、ホイルスは脚本を書くうえで使ったの多くのメモ、引用、背景の一部になった。これらの物語は「ホイルス銀河史」の一部なんだ。
この時点では、ホイルスは我々のような生き物を支配するフォースの支配者という概念でなく、宇宙の観測者、全知全能の宇宙人や神のようなもののイメージに近い。だが、ルーカスは1974年の脚本にはホイルスの名前は消え、代わりにフォースを復活させた。そして最終的にホイルスは、『スター・ウォーズ』が「ホイルス銀河史」から引用された物語である設定として聖書風の引用の形で残ることになる。
こう振り返ってみると、1974年時点ではホイルスをあくまで全知全能の存在のように捉えていたルーカスが、1977年にはミディ=クロリアンがフォース感応性を生み出すものという考えにいたっていることがわかる。
となると、1974年から1977年の3年の間に、フォースとホイルスというものを神秘的、宗教的なものを科学的な微生物世界の話へと変化を与えた過程があったと思われるのだが、利己的遺伝子論の考えが発表されたのは1976年のことなのだ。
ここに一つ仮説を立ててみる。つまり、ルーカスはこのリチャード・ドーキンスの利己的遺伝子論を知り、我々を支配する存在は遺伝子であり、遺伝子こそ我々を支配しているものである、という考えに触れた。そして、その時、これまで漠然とした全知全能の存在のように考えていたホイルスの存在に対して、その正体をこの利己的遺伝子に相当するような微生物世界における存在に当てはめたのではないか?
遺伝子こそが我々を支配しているものであり、そうなればそれは全知全能の神の正体こそそれであり、まさしくそれはルーカスが考えていたホイルスであり、遺伝子の意思、ホイルスの意思こそがすなわちフォースと呼ばれるものの正体であると。
そして、その考えに至った時、ミディ=クロリアンというフォースの意思、すなわち遺伝子の声を媒介するような生命体の存在を考え付いたのではないのか。
まとめ
SF映画を作りたいと願っていたジョージ・ルーカスが、1970年代当時急速に発展していた遺伝子工学技術に興味を示さなかったわけはないと思う。ルーカスは『THX-1138』を作っているし、そして、クローン技術というものを『スター・ウォーズ』の中に取り入れていることを考えれば、ルーカスは生物学、遺伝子学にもそれなりに知っていただろう。仮にそうでなかったとしても、発表当時、世界に衝撃を与えた利己的遺伝子論を知らなかったとは考えづらい。
公開後40年以上が経ち、スター・ウォーズの制作秘話もまた映画そのものと同じように神話化されている。すでに多くが語り尽くされたかに見えるものの、今回のインタビューで新たにホイルスやフォースについてわかったことも考えると、まだルーカスが語っていないことも多いだろう。
今回述べたことは仮説に過ぎず、ルーカス自身が利己的遺伝子について語ったことは私が知る限りはないのだが、今後それこそ『James Cameron's Story of Science Fiction』の中などで利己的遺伝子に関するルーカスの話が出てくるなら面白いと思う。