StarWalker’s diary

映画スター・ウォーズに関する独自の考察、謎解き、分析、最新作のストーリー予想、最新情報を発信するブログ

『スター・ウォーズ/エピソード9』~レイの父親は生きている?レイの両親に関する噂の続報~【ネタバレ】

スター・ウォーズ新三部作はその完結編となるエピソード9が撮影中です。新三部作の最大の謎は、レイの生い立ちに関することですが、前回の記事で、エピソード9でレイの父親?らしき人物が登場するとの噂があることを紹介しました。今回はその噂の続報になります。

《!以後、『エピソード9』のネタバレを含みます。ただし今回紹介する情報はあくまでも噂に過ぎないものであるため真偽の保証はありません。

f:id:StarWalker:20180208112620j:plain

 

スポンサーリンク

 

 

レイの父親登場シーンの噂

先日の記事(『スター・ウォーズ/エピソード9』~レイの父親が登場か?~【ネタバレ】 - StarWalker’s diary) の中で紹介したように、現在撮影中のエピソード9だが、ストーリーボードに描かれた内容に関するリーク情報として伝えているところによると、レイとレイの父親と思われる人物とが登場するシーンがあるという噂が出ている。

これは海外のスター・ウォーズ・ユーチューバーであるMike Zeroh氏が自身の動画の中で紹介していたものを記事にしたものだが、今回それに関して気になる続報が出てきたので紹介したいと思う。 

昼間の砂漠の惑星。レイは黒と灰色の新しい衣装を着ている。茶色のローブを着た、長髪でポニーテールの髪型をした男性とレイが手を取り合って歩いていく。男性の額には軽い傷がある。その背後にフィン、ポー、そしてBB-8がいてその様子を見守っている。男性はレイに鍵のかかった木箱を渡し、彼女にキスをすると立ち去る。ファースト・オーダーの宇宙船とカイロ・レンの乗ったシャトルが大気圏に現れる。

ここで注目したいのは、砂漠の惑星であること。ジャクーかどうかは不明だが、別の情報からわかっていること(『スター・ウォーズ/エピソード9』~ジョン・ボイエガもヨルダンに?ロケ撮影に合流か?~【ネタバレ】 - StarWalker’s diary)により、現在ヨルダンで撮影が進行中であることから、砂漠の惑星が登場するのは間違いなく、さらにこの描写にフィンとポーが登場していることは、ヨルダンの撮影にジョン・ボイエガオスカー・アイザックデイジー・リドリーが係っている可能性が高いこととも整合するので、惑星名は不明ながら現在ヨルダンで撮影が実施されている場所が舞台となる可能性が非常に高い。 

レイの父親は生きている? 

前回の記事の情報(『スター・ウォーズ/エピソード9』~レイの父親が登場か?~【ネタバレ】 - StarWalker’s diary)では、このシーンで登場するレイは『フォースの覚醒』『最後のジェダイ』よりも若干若い頃ということで、時系列的には過去の描写のようであったのに対して、今回の情報で、想像される描写は、フィン、ポー、そしてBB-8がその場にいることから考えて、明らかに時系列的には、エピソード9時点での現在と思われる。

さらに、その場に、ファースト・オーダーの宇宙船とカイロ・レンの乗ったシャトルが大気圏に現れるという描写も、この情報の真偽は不明にせよ、本当だとするとかなり重要な場面である。

ここに登場する男性が、茶色のローブを着た、長髪でポニーテールの髪型をした男性であることは、前回紹介した情報と同じであるが、仮に、この男性がレイの父親だとするならば、レイの父親は生きていることになり、エピソード9でレイがついに実の父親と再会するということになるというシナリオも考えられるのだろうか。 

前回の記事で紹介した内容では、私は『フォースの覚醒』でレイの中に父親の記憶がほとんどないことから、この男性はレイの父親とは言えないのではないかと思ったのが率直な感想だった。

というのも、前回の記事(『スター・ウォーズ/エピソード9』~レイの父親が登場か?~【ネタバレ】 - StarWalker’s diary)では、この男性はレイの過去の回想の中に登場するものと想像したからで、だとすると、前回の記事に書いたように、『フォースの覚醒』でレイの中に父親の記憶がほとんどないことと矛盾するからだ。

少なくとも『フォースの覚醒』でレイが武器として使っていた杖なり棒が、この男性から渡されたもので、『フォースの覚醒』よりも若い時点でのレイが、父親と会っていたというのであれば、レイは父親の記憶を持っているはずで、レイがそんな昔の事でもない父親の思い出を忘れるようなことは、レイが記憶障害に陥らない限りあり得ないだろう。

だが、今回の内容ではまさしくエピソード9の物語の中で、実時間上でこの男性がレイと出会う場面があるわけで、そうなると、レイがこれまで知らなかった、記憶にない父親の存在と再会したとしても矛盾はないからだ。

 

スポンサーリンク

 

 

再考・レイの両親は誰?

ちなみに『最後のジェダイ』でカイロ・レンは「レイの両親はジャクーの共同墓地に眠っている」とレイに告げる。だが、このシーンでは、レイが自ら口にしたのは「自分の両親が名もないただの人たちである」ことだけである。「飲み代のためにレイを売り、ジャクーの共同墓地の下にいる」というのは、あくまでカイロ・レンがレイに告げていることであって、レイはこれを肯定も否定もできなかった。

つまり、はっきりしているのは、レイ自身が「自分の両親が名もないただの人たちである」ということを、これまで知っていたのに隠していた、ということで、さらに言えば、この場合、隠していたというのは、どちらかというと、レイ自身が信じたくなかったので信じないようにしていた、事実から目をそらしていたということだ。

はっきりしていることは実はこれだけなのだ。「飲み代のためにレイを売り、ジャクーの共同墓地の下にいる」というのは、カイロ・レンが一方的に言っているに過ぎない。

当然、カイロ・レンがレイのフォースで繋がったときに、レイの記憶を知った可能性があるが、レイの記憶自体も、ひょっとしたら誤認識である可能性も否定できない。

したがって、『最後のジェダイ』のこの一連のシーンではっきりしたことは、実は『フォースの覚醒』からあまり変わっていない。両親が「誰でもないただの人たち」であることで、レイ・スカイウォーカー説や、レイ・ケノービ説は、若干可能性が低くなったかもしれないが、それとて完全に否定されたわけでもない、と信じたい(これは私の願望も含まれているが)。

結論として、(1)レイは父親の記憶がない、(2)レイの両親=名もないただの人たち、という部分に対して、今回リークしてきた情報は矛盾しないため、「レイの(少なくとも)父親は、名もないただの人であるが、まだ生きている」という筋は『フォースの覚醒』『最後のジェダイ』で描かれたことと矛盾しないで成立する。

レイの母親は?

私自身は、レイと彼女の父親はレイがかなり幼いころに生き別れた可能性が高いと思っている。ちなみに、私はレイの母親はすでに亡くなっている説をまだわずかに信じており、つまりレイは幼くして母を失い、かつ父親は一人でレイを育てることはせず(何らかの事情により)レイをジャクーに置き去りにした、あるいはジャクーを去らざるを得ない可能性があると思っている。

これはだいぶ前にこちらの記事(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の謎解き~マズ・カナタとの会話から考えるレイの母親の正体~ - StarWalker’s diary)で書いた。

『最後のジェダイ』の後、この説はほぼ消えたかと思っていた。だが、今回の情報でわずかながら、この説もまだ完全に捨てきれないのではないかと思い直した。(リンク先の記事では、私は、レイ・スカイウォーカー説をとっていたので、『最後のジェダイ』の後この点は異なる)

私は、ファンタジー特にディズニーアニメのディズニープリンセスによくある「母親のいない娘」設定が、レイにも適用できるのではないかと考えており、このレイ=ディズニー・プリンセス仮説『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の謎解き~新三部作はアーサー王物語だ!類似性から読み解くレイの正体~ - StarWalker’s diary)に立つと、レイは母親はとうに亡くなっており、父親とは幼いころに分かれたが、まだ生きていて、エピソード9で遂に再会を果たす。というのは十分考えらえる。

しかも、それを裏付けるかのように、今回リークしている情報では、男性は登場するものの、女性、すなわちレイの母親らしき人物の登場する噂がない。つまり、まだ上述した物語のセオリー通りにエピソード9が成立する余地が残っているのだ。

  

スポンサーリンク

 

 

まとめ

レイは、『フォースの覚醒』で、ハン・ソロに父親の影を求め、『最後のジェダイ』でルークにその影を求めた。だが、レイはその想いに裏切られている。つまり、レイは両親の真実を探しているが、実は、レイが求めているものは、父親の影である。

本当の父親に出会えていないレイにとって、エピソード9で父親と再会するほどのハピーエンディングはないだろう。

ルーク三部作は少年の成長物語であり、それはつまり、絶対的な父親という存在と自己の関係における葛藤を描いた物語である。だが、レイ三部作は、少女の成長物語であるはずだ。少女の成長物語における、父親との関係というもので必ず描かれるものは、少女が女性へと変化する過程で、少女がやがて別の男性を追い求めるようになる過程で、少女時代における唯一の男性像である父親の支配から脱却するということである。

オビ=ワンは、ルークに父は殺されて死んだと言い、ヴェイダーから父は自分だと聞かされる。レイはカイロ・レンから父は死んだと聞かされる。だがレイもルークも父はまだ生きていると信じている。正確には、ルークの場合はオビ=ワンが見方を変えれば父は死んだと言ったのに対して、ヴェイダーにまだ善の心がある=父が残っている=父は生きていると信じていた。だから、『ジェダイの帰還』でルークはヴェイダーに会い、憎しみを捨ててと説得するものの断られた時に「父は完全に死んだわけですね」と言う表現をしていたわけだ。

だから、レイもルークも父が生きていると信じていることは共通していると言えるのである。

レイは、『フォースの覚醒』『最後のジェダイ』と父親の存在を探し、ハンとルークにそれを求めたわけだが、新三部作が、レイがエピソード9で、実の父親と再会し、それにより、レイが少女としての成長過程を終えるという一人の少女の成長物語となれば、これ以上の終わり方はないだろう。

さらにJ・J・エイブラムス監督が、スター・ウォーズを作るならば、私は物語の骨格となるものは、ファンタジーのセオリーに比較的忠実な物語になるのではないか?と想像しており、だとすると、あながち本当にその路線で脚本が書かれてないかとうっすらと期待しているところだ。

しがも、これにより、ハン、レイア、ルークによる旧三部作の物語は、名実共にレイとカイロ・レンという次世代の物語にそのバトンが引き継がれる。つまり、レイの父親としてのハンとルークの役割は終わり、カイロ・レンの両親としてのハンとレイアの役割も終わる。

新三部作としては立派にその役目を果たし、スカイウォーカー・サーガとしてエピソード1から9が完結するとなれば、物語としては美しい終わり方だと思うのだが…